CROSSROADS×Nagasaki  -クロスロード×長崎-

異国文化が交差した長崎を科学と情熱で探究

太古より 1

たくさんの異国文化が融合してきた長崎の新たな科学的な通史を創っていきます。
古今の文献を調査し、いろんな場所を巡り、自然や偉人達が積み上げてきた魅力あふれる長崎を詳しく知ろうというインセンティヴから、軽快にフィールドワークを始めます。
志を共有する人達と共に、これまでにない歴史が楽しみながら編めれば良いなと思っています。

では、スタートははるか太古の夫婦から。

長崎の岩石類は地質年代でおよそ3つに分類できる。
1:変成岩類・・・野母崎半島の大半や北部西彼杵半島を占める中生代に形成された岩石
2:堆積岩類・・・高島・端島(軍艦島)・伊王島など、新生代 古第三紀に形成された岩石
3:火山岩類・・・長崎市中心部を占める新生代 新第三紀から第四紀にかけて形成された岩石
「長崎変成岩類と呼ばれるものは、主に結晶岩・蛇紋岩・変成斑レイ岩であり、これらが長崎の基盤となっている岩である。白亜紀後期(9000万~6000万年前)に編成されたものが、長崎と西彼杵半島に見られる岩石である。
中でも、野母崎半島のながさきサンセットロードの以下宿(いがやど)にある「夫婦岩(めおといわ)」は、最も古い岩石のひとつで、約4億8000万年前前にできた変成斑(はん)レイ岩。

夫婦岩
この編成斑レイ岩の「夫婦岩」や「綱掛岩(つなかけいわ)」は九州最古の岩石であり、これらが分布する周辺海岸を「野母崎変はんれい岩露出地」として、2005年1月4日、長崎県の天然記念物に指定された。

夫婦岩説明

サンセットロード

第三紀には生物の「大量絶滅」が起きた。現在のところ、寒冷化による絶滅や地磁気消滅説など諸説ある中で、最も有力な原因とされているのがメキシコのユカタン半島付近に衝突した隕石によるものである。この威力はすさまじくて、一説には広島型(ウラニウム型)原子爆弾のおよそ30億倍で、直径180kmに渡るクレーターが出来たほどである。

この後に新生代(6600万年前)が始まるが、この初期である古第三紀に高島や端島(軍艦島)などの「端島層」が形成されたのである。日本最大の海底炭田「高島炭田」の誕生である。

ここで、「石炭」とは何か?

恐竜たちが繁栄した中生代には現在の10倍ほどのCO2(二酸化炭素)があったと推定されている。大量にあるCO2のおかげで、植物は光合成を行い、草食恐竜たちが食べても食べても食べてもなくならないほどの植物が繁茂していた。こうした数億年前の植物が完全に腐敗分解する前に地中に埋もれ、そこで長期間に渡って地熱や地中の高圧力を受けて変質したことによって生成された物質であり、つまりは植物の化石である。

長崎の石炭は、瀝青炭 (れきせいたん bituminous coal)といって、炭素含有量83~90%の良質な石炭である。粘結性が高いものは製鉄業におけるコークス原料に使われ、最も高値で取引される石炭なのである。
蒸気機関発祥の地イギリスで、石炭の燃焼実験があった際にも長崎の石炭はどの石炭よりも優秀であるという結果となった。
高度経済成長期までの日本を支えたと言っても過言ではないのが、こうした長崎の世界最優良炭なのである。
長崎の太古からの歴史は石炭だけに留まることはない。あの恐竜たちのパラダイスでもあった。

「夫婦岩(めおといわ)」
長崎県長崎市以下宿町  ※バス停横に小さな展望所とトイレあり
バス:JR長崎駅→長崎バス「樺島(かばしま)」行きまたは「岬木場(みさきこば)」行きで40分、以下宿下車、徒歩1分
車 :長崎道長崎ICから国道499号経由25km 35分
問い合わせ先 長崎市野母崎行政センター
電話:095-893-1139


次回は、恐竜にスポットを当ててみようと思います。

テーマ:博物学・自然・生き物 - ジャンル:学問・文化・芸術

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太古より 2

とかく日頃は世界遺産関連で近代の長崎にばかり目が行きがちだけど、実は8100万年前の長崎は日本でも数少ない恐竜の楽園だった。
長崎の野母崎半島付近「三ツ瀬層」(白亜紀:8100万年前)から、恐竜の化石が2004年(平成16年)からどんどん発見されています。コレは、かなり長崎人としてはかなりエキサイティングな話ですよね?リアル・ジュラシックパーク in 長崎!
ということで、どのような種類の恐竜が発見されているのかを今回はざっと紹介します。


地質年代で、「中生代」というのがある。
これは、
1:2億5217万年~2億130万年前 「三畳紀」
2:2億130万年~1億4500万年前 「ジュラ紀」
3:1億4500万年~6600万年前 「白亜紀」
というように3つに分類している。

「三畳紀」に移行する前段階は古生代「ペルム紀」というが、三葉虫などがいた時代である。この末のP-T境界(2億5100万年前)に、地球史上最大の大量絶滅がおこった。海生生物のうちで最大96%、全ての生物種の90%~95%が絶滅したとされている。カンブリア紀(5億4200万年前~4億8830万年前)から生きていた三葉虫はこの時期に完全に絶滅した。主に恐竜が活躍したのはこのジュラ紀と白亜紀である。

発見の初めは2010年、体長が10mほどあった大型草食恐竜:ハドロサウルス科サウロロフスの左太ももの骨の化石が野母崎地区の海岸:三瀬層で発見されたものである。
長崎県長崎市で発見された恐竜化石について(2010年7月1日)福井県立恐竜博物館
ハドロサウルス科は世界中で最も繁栄した草食恐竜でカモノハシ恐竜とも呼ばれている。口ばしが平らで長く、カモのように見えることに由来する。また、頭に「とさか」を持っていた。ここから音を発して仲間への情報伝達を行っていたとも考えられている。
ハドロサウルス復元CGCG作成:服部雅人氏 産経フォト 2016.8.10

また、長崎市教育委員会と福井県立恐竜博物館による共同調査によって、2012年4月26日発表によると、アズダルコ科の翼竜が発見される。アズダルコ科ケツァルコアトルスも白亜紀末の大量絶滅の直前まで生きていた翼竜である。現在知られている翼竜のうち史上最大級の翼竜であり、今のキリンと同じくらいの大きさがある恐竜である。
アズダルコ科

ケツァルコアトルスの骨格画像:ドイツのフランクフルト・アム・マイン センケンベルク博物館所蔵全身骨格化石標本↓
Quetzalcoatlus.jpgquatation from Father

この翼竜の名前である「ケツァルコアトルス」は、アステカ文明の神:ケツァルコアトルに由来する。マヤ文明ではククルカンというが、ケツァルが鳥の名であり、コアトルが蛇の意味である。まさに史上最大の翼竜にふさわしいネーミングであろう。
ただ、翼竜は恐竜の仲間ではなく、空飛ぶ爬虫類(はちゅうるい)であるという。

そして、2013年には鎧竜(よろいりゅう)の歯の化石も発見される。
鎧竜(北米の白亜紀後期の鎧竜:ユーオプロケファルス画像)
鎧竜2福井
鎧竜の画像は福井県立恐竜博物館HPより引用
福井県立恐竜博物館バナー

最新の発見では2014年7月、同三ツ瀬層からティラノサウルス科の国内初となる発見があった。
その歯が以下の画像。
ティラノの歯

真ん中の歯の、右の側面を拡大するとのこぎり」のようになっていて、これは「鋸歯(きょし)」と言われる。
現代のライオンと同様、獲物の肉を引きちぎる際に都合の良い形をしている。ティラノサウルス化の歯は大きくてぶ厚く、獲物を川や骨ごと砕いて食べていたと考えられている。

これが発見された場所はおおむね以下の赤で囲った楕円形の部分である。
map2.jpg

この三ツ瀬層からはこうした恐竜の化石だけでなく、アンモナイトやイノセラムス(二枚貝)の化石も出てくる。
この層との関連では、天草市御所浦(ごしょうら)(熊本県)や上益城郡御船町(かみましきぐんみふねちょう)(熊本県)からも恐竜の化石が発見されており、ここにも三ツ瀬層と同じ地層が広がっていると思われるのである。


・・・というわけで、調べるほどに面白い、歴史の奥が深すぎる長崎!!


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