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出島表門橋開通記念! みんなで学ぼう、オランダ 14 - 寄り道イギリス編(1) -

現在イギリスと一括りに言いますが、もう少し複雑です。

そもそも、いわゆる「イギリス」の正式国名、覚えていらっしゃいますか?

「グレートブリテンおよび北部アイルランド連合王国」

長っ!とボクも小学校の頃に思いましたし、誰しも幼心にも思うことでしょう。なにせ、我が国は漢字で書くと二文字の「日本」ですから。

ちなみに、左隣の島「南部アイルランド」は「アイルランド共和国」で、カトリックが主流の国です

まず地図で位置関係をおさらいしておきましょう。

ukmap1013.jpg

サッカーの大会にはイングランド代表、スコットランド代表、ウェールズ代表など、グレートブリテン島から3チーム出てきます。

つい2014年のことですが、スコットランドはイギリスから独立する、と言ってきました。
「イングランドのやつらが、北海油田の利権独占したり、南部のロンドンに一極集中し過ぎだろ!」と不満を叩きつけ、この話が出てきたのです。
時のイギリス首相はトニ・ブレア。彼もまたスコットランド出身です。

住民投票は、単独での行政や防衛などリアルな線で考えていくと、「まだ無理だろ」という反対派が55.3%の票を獲得し、独立だという賛成票は44.7%となりました。途中までは案外競ったんですが、結局は独立しませんでした

しかし、この対立は今に始まったことではありません

対岸のフランスとハプスブルク家(神聖ローマ帝国とスペイン王国)が争っていた15世紀後半から16世紀初頭には、イングランドのヘンリ7世という王様が、背後にいるスコットランドの奴らをけん制しながら、「あいつらウチに攻めてこないだろうな」、とヒヤヒヤしながらイタリア戦争を見守っているというような状況であったくらいです。

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ヘンリ7世(Henry VII)
■1457年1月28日~1509年4月21日

この王が即位したのは、薔薇(ばら)戦争による国内の混乱を解決したからでした。
赤ばらのバッジを目印にしたランカスター家、白バラのバッジを目印にしたヨーク家、という内乱だったのでそう呼ばれました。結果、赤ばらが勝って、ランカスター家の女系のテューダー家からの王が即位します。それがこのヘンリ7世です。

いずれ大英帝国を築いていくテューダー朝の成立です

ここでヘンリ7世は24年間もの長きにわたって王位につきました。
主の権力も回復、政治を安定させ、優れた統治と積極的な外交政策と経済運営を行ったので名君と言われています。

この段階ではまだイングランドはカトリックです

このヘンリ7世のあとを継いだのが、次男ヘンリ8世です↓
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似ているからまたビッグバン・ベイダーと間違えました。ヘンリ8世です↓
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ヘンリ8世(Henry VIII)
■1491年6月28日~1547年1月28日

ドーバー海峡を隔てた島国であり、あまりイタリア戦争の際には戦火を交えなかったのですが、それでも例のカール5世とフランソワ1世のイタリアを巡る争いに振り回されます。
つまり、都合の良い時だけ「平和の調停者」みたいに本人もしゃしゃり出てくるものですから、その時々で都合よく彼ら手練れからコキ使われるんです

また、敬虔なカトリック教徒でもあったヘンリ8世は、1521年にルターをボロカス批判します

これで、バチカンの教皇庁から、「君、何かイイね。カトリックの鏡だよ。今後君のことを『信仰擁護者』と呼ぼう」と、称号をもらうのです。

称号…こんな名誉なものを、それも当時のキリスト教のトップの権威からいただけるという。ヘンリはどれほど嬉しかったことか。

ボクなどは日頃「バカじゃない?」、「物忘れ王」、「無謀」という称号しかもらってません
それは称号ではなく、ただの罵りじゃね?と聞こえたような気がしますが、まあいいでしょう。
いつの日か見返してやろうと企んでいます(*`皿´*)

さて、こんな称号までくれたバチカンでしたが、のちにヘンリ8世はヘーキでそんなバチカンを裏切ってしまいます

まず、ヘンリ8世の遍歴なんですが、

1509年に10歳で結婚します。キャサリン・オブ・アラゴンという姉さん女房。
  ↓
で、ソッコーで多数の愛人を持ちます。
  ↓
王位に慣れてくると、父のヘンリ7世の代以前からの重臣を逮捕、処刑を繰り返す。


側近を逮捕・処刑しまくるとは…まるで、どっかの隣国の黒電話を見ているかのような粛清ぶりです。
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※画像は単なるイメージです。

こんなヘンリ8世が「平和の調停者」というのもタチの悪いブラック・ジョークです

このようにして、国王の権威を利用して女性に手当たり次第手を付けまわるものですから、どっかから梅毒をもらってきてまき散らしまくります

しかし、カトリックは一夫一婦制の宗派なので、ヘンリの無謀な振る舞いを耳にした教皇庁としては、さすがに黙っていられません。
なにせこれほどカトリックの信仰を踏みにじっているのに、「信仰擁護者(笑)」じゃねえか、と


「あいつのどこが信仰擁護者だー!」と、突っ込まれるたら、ただでさえ宗教改革で信者が減っているというのに、カトリックの敬虔な信者達に対してもメンツが丸つぶれです。

一応、1527年にヘンリは離婚を申請しますが、姉さん女房であった王妃キャサリン・オブ・アラゴンの甥が、カトリック最強国で神聖ローマ帝国&スペイン王、あのカール5世 ↓ なのです。
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さすがにこれでは怖くて離婚もままなりません・・・とはならず、ヘンリは執念の果てに1533年、王妃キャサリンと婚約無効を宣言して、愛人で可愛いアン・ブーリンと秘密結婚をしてしまいます。

いちよ、キャサリン(左)とアン・ブーリン(右)を比較しておきましょう・・・。
catherine ann

・・・まさか、ですが、みなさんは「ヘンリの気持ちがわかるわwww」なんて一瞬たりとも、かつ微塵にも思ってませんよね?

ところで、「婚約無効」て、何かおかしいと思いませんか?なぜ、「結婚無効」でないのかと
これは離婚となれば問題なので、過去の婚約した時点にさかのぼって、「そこ無効ね」と詭弁(屁理屈)を弄(ろう)したのです

こうして(未だに『紳士の国』と言い張っている)イングランドはカトリックの国から、一人の王の性癖の悪さによって、瞬く間にプロテスタント国になっていくのです。ヨーロッパ本土の、ある意味真面目な宗教騒動とは大違いです。

これでもし神聖ローマ帝国などから攻められてたら、当時弱小国だったイングランドは間違いなくタコ殴りにされていたハズです。まあ、国内のカトリックの人達は大混乱でしょうけどね。

もう一度出しておきましょう。こいつです↓
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ふう。今度は画像間違えませんでした。

こうした一人の王の、極めて不純な動機でカトリックを裏切り、イングランドはプロテスタントになっていきます。
このようにして出来たのが、ザックリ言えば今に至るプロテスタントの「イングランド国教会」です
ただ、この段階でまだ儀礼はカトリックのままだった、というのがガチで入試に出る情報です。

オランダ編なんで詳しいことは避けますが、このヘンリのしばらくあと、国王となったのがヘンリの梅毒を産まれる前から感染(うつ)されて、15歳で夭逝(ようせい)したイケメン王子エドワード6世です。
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母親はヘンリの3番目の妃であるジェーン・シーモアです。

エドワードがあまりに可哀そう過ぎて、「トム・ソーヤの冒険」でおなじみアメリカの作家:マーク・トウェインの小説「王子と乞食」の主人公となります

この小説を読んだ方はお分かりでしょうが、王子と乞食少年が服を交換して立場を入れ替わり、異なる視点で世情を見るという体裁ですが、つまりは、この16世紀のイングランドをディスりまくった小説でした

そして、様々な策謀渦巻く後継者争いの末に即位したのが、・・・・(血まみれの)メアリ1世(((( ;゚Д゚)))ガクガクブルブル ↓
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メアリー1世 アントニス・モル画  1554年
メアリー1世(Mary I of England)
■1516年2月18日~1558年11月17日

手に持ってる赤いバラの花の、元の色は白だったんじゃないかな…。更に特殊能力者のボクがこの絵を見ると、心なしか牙が2本口から出ているのが見えるような・・・。

メアリはイングランド初の女王です。
彼女はガチガチのカトリックでスペイン王フェリペ2世と結婚し、イングランドにまたカトリックが復活します

メアリは徹底的にプロテスタントを弾圧し、異端禁止法を作って異端者を火であぶりまくります
この残虐な振る舞いから、彼女は「ブラッディ・メアリ」とあだ名がつきました。
ウォッカベースのトマトカクテルの名前になっていますね。ボクも家でたまに作って飲みます。
そして、この「血のメアリ」。多くの無辜(むこ)の民が火あぶりの刑にされている様を思い浮かべながらだと、このカクテルの味わいもまた格別増します

そして、この後に登場するのが、ヘンリ8世の離婚問題のきっかけとなった、愛人アン・ブーリンの娘、エリザベス1世です。

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エリザベス1世( Elizabeth I)
■ユリウス暦1533年9月7日~グレゴリオ暦1603年4月3日(ユリウス暦1602/3年3月24日)

今のイギリス女王はエリザベス2世ですが、まるで関係ありません。
エリザベスの代でテューダー朝は断絶し、今のウインザー朝の系譜はドイツ系だからです。昔は「ハノーヴァー朝」とドイツっぽい名前だったんですけどね。
第1次世界大戦の時に「敵国の奴らの血を、ウチの王様が引いているってコレ、よそにバレたら、ヤヴァす:(;゙゚'ω゚'):」。ってことで、イギリスっぽい名前にこっそりしてしまいましたが、もちろんバレバレです。

エリザベスが愛人アン・ブーリンの娘で、前王メアリは元の妃であるバリバリのカトリック信者キャサリンの娘です。

当然の如く、母親を無下にされた(強引に離婚させられた)恨みをメアリは、まるで無関係のエリザベスに向けます。処刑にはされなかった(奇跡的にも)ですが、エリザベスはロンドン塔に幽閉されるなどの仕打ちを受けるのです

この性根悪女のあとに王位についたのがエリザベス1世です。国民はきっと万歳三唱で迎えたことでしょう!あのク〇女がやっと逝きやがったぜ、と。

エリザベスだけでブログが4本くらい書けるのですが、止めておきます。(-_-;)
でも面白いのでいつか必ず書きます。

このエリザベスの時代に、あのカトリック信仰の憎き残虐女・血まみれのメアリ1世が戻したカトリックを再度放棄します

そして、教義がカトリック的であった部分も排除し、イングランド国教が確立します。

この中にはカルヴァン派の純粋なプロテスタントを目指した改革派も現れます。
「純粋」を英語で何と言うでしょう?pure(ピュア) です
つまり、これがイングランドのカルヴァン派の呼び名:「ピューリタン(ピュアな人)」なのです。もっとも、「ピュア」ですから、「バカ正直」の意味でディスり的に使われていましたが、いつしか自分たちからも「ピューリタン」というようになりました(「歴史に名を残す法則1」発動です。詳細は、「出島表門橋開通記念! みんなで学ぼう、オランダ 4」 へドウゾ)。

のちにアメリカに渡った人たちのピューリタンの一団が「ピルグリム・ファーザーズ」。
この人たちの末裔が今のアメリカ人の基礎をなしています。だからアメリカは基本的にプロテスタントの国です。隣のメキシコはスペインが支配したので、今でもカトリックが主流です。

1600年、このエリザベス1世の時代にやって来たイギリス人が、(同じプロテスタント国)オランダ船:デ・リーフデ号事件で登場する、ウィリアム・アダムスです
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ウィリアム・アダムス(三浦按針)

この時の顛末は「鉄砲を伝えたのはポルトガル人ではない!? 5」 で詳しく書いたのでここでは省きますが、一般的に言われてるような「漂着」ではなく、ボクはエリザベス1世の何らかの意図を持って交易に来ているのではないかと考えています。

リーフデ号のいわゆる漂着後に幕府から相談を受けたカトリックのイエズス会士が、こいつら(プロテスタントのやつら)を「ぶっ殺せ!」と家康に進言したのに、逆に得体のしれないプロテスタントのやつらを重用しました。

何らかの意図が働かないとこの厚遇はありえないハズなのです

それは一体何なのか・・・?

次回、お楽しみに~!

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<オランダ編>
出島表門橋開通記念! みんなで学ぼう、オランダ 1
出島表門橋開通記念! みんなで学ぼう、オランダ 2
出島表門橋開通記念! みんなで学ぼう、オランダ 3
出島表門橋開通記念! みんなで学ぼう、オランダ 4
出島表門橋開通記念! みんなで学ぼう、オランダ 5
出島表門橋開通記念! みんなで学ぼう、オランダ 5.5 ―科学と非科学の違いー
出島表門橋開通記念! みんなで学ぼう、オランダ 6
出島表門橋開通記念! みんなで学ぼう、オランダ 7
出島表門橋開通記念! みんなで学ぼう、オランダ 8
出島表門橋開通記念! みんなで学ぼう、オランダ 9 - アントウェルペン編(1) -
出島表門橋開通記念! みんなで学ぼう、オランダ 10 - オランダ独立(1) -
出島表門橋開通記念! みんなで学ぼう、オランダ 11 - オランダ独立(2) -
出島表門橋開通記念! みんなで学ぼう、オランダ 12 - オランダ独立(3) -
出島表門橋開通記念! みんなで学ぼう、オランダ 13 - オランダ独立(4) -

<宗教改革編>
「みんなで学ぼう、世界史としてのキリスト教 1 - 宗教改革(1) -」
「みんなで学ぼう、世界史としてのキリスト教 2 - 宗教改革(2) -」
「みんなで学ぼう、世界史としてのキリスト教 3 - 宗教改革(3) -」
「みんなで学ぼう、世界史としてのキリスト教 4 - 宗教改革(4)前編最終回 -」

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