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CROSSROADS×Nagasaki  -クロスロード×長崎-

異国文化が交差した長崎を科学と情熱で探究

出島表門橋開通記念! みんなで学ぼう、オランダ 15 - 寄り道イギリス編(2) -

オランダからイギリスへの寄り道の続きです。

ブラッディ・メアリのあとを継いだエリザベス1世ですが、ソッコーで「国王至上法」を施行します。
これは、「イングランド国内では、私こそが政治と宗教では至高の存在よ」、という趣旨の法律です

こうやって先王メアリのカトリック政策をちゃぶ台返ししてしまいました
ちゃぶ台返しがわからない方のために、イメージ図を載せておきましょう
    ↓
ちゃぶ台返し
※繰り返しますが、画像は単なるイメージです。
ちなみに、コレは、映画「自虐の詩」(尊敬する業田良家 原作)より、パンチパーマの阿部寛のちゃぶ台返しの図。

しかし、前回書いたように、あのメアリの後ですから、反動がMAXで、国民はそれでも大賛成です。

ということで、逆にバチカンの教皇庁からは「お前もか、エリザベス?なら破門じゃー!!」と、あっさり破門されてしまいます

また、ブリテン島の上にいるスコットランドのメアリ・スチュアート女王も黙ってはいません
Mary_Queen_of_Scots_from_Hermitage.jpg
メアリー・ステュアート(Mary Stuart)
■1542年12月8日~1587年2月8日(グレゴリオ暦2月18日)

※同じメアリという名前がですが、血の雨を降らせたメアリ1世 ↓とは別の人物ですから注意しましょう。
ブラッディ

このスコットランド王メアリは、新女王エリザベスに対し「私こそイングランド王位継承権者だわよ」と、事あるごとに主張し、エリザベス廃位の陰謀を企てます

これも、すったもんだを繰り返した末に、メアリは捕えられてゆるい軟禁状態となります。
そして、「バビントン事件」というエリザベス暗殺の陰謀の企てに関与した証拠が出てきたので、裁判で有罪となって死刑が宣告されます。

エリザベスは初め、メアリの死刑執行の署名をしぶっていたのですが、結局メアリは処刑されました。

このスコットランド王処刑を知った、(エリザベスにしつこく言い寄っていて、フラれ続けた)スペイン王フェリペ2世は、(その腹いせに)、「イングランドを乗っ取ったるわ!」と、あの最強のオスマン・トルコを(ラッキーで)破った、例の「無敵艦隊」を派遣します。

これでイングランドとスペインが激突する、アルマダの海戦~、となったのです。
スペインは負けて「無敵」ではなくなりましたが…。これがイングランドとスペインが戦った顛末です。
(※「出島表門橋開通記念! みんなで学ぼう、オランダ 11- オランダ独立(2)」参照)

それにしても、「太陽の沈まない帝国」を作ったスペイン・ハプスブルクは侮(あなど)れない存在です
アルマダ海戦では勝利したものの、フェリペ2世↓の脅威は去りませんでした。
フェリペ2

何とかしてこの状況を打破したいと考えたエリザベス1世は、次にどのような手に打って出たでしょうか?

この当時のヨーロッパ各国の、カトリックとプロテスタント勢力図を見比べるとよく分かります。
キリスト教_教派分布

引用:【キリスト教】16世紀のキリスト教

ちょうどこの頃、散々これまで書いてきたように、ヨーロッパではルター&カルヴァンなどの宗教改革が進んでいて、カトリック勢力との争いが頻発していました。
カトリック勢力の敵はプロテスタントです。「プロテスタント」という言葉自体が「(カトリックに)抵抗する」の意でした。しかもフランスやスイスなどにも、プロテスタントは勢力が広がりを見せています。

彼らプロテスタントの人たちとなら、この強大なスペイン・ハプスブルク家に対する共闘が出来る」、エリザベスはそう考えたのです。

同じプロテスタント国ならばカトリック国のスペインの敵で、教皇庁から「破門」されたエリザベスの同志になるはずです。
そこで、当時プロテスタントが広がりを見せていたフランスを支援します。(※「出島表門橋開通記念! みんなで学ぼう、オランダ 13 - オランダ独立(4) -」 参照)

フランスの時の王は名君アンリ4世です。
ちなみに、フランスには彼の名前がついた超名門高等学校があります。
King_Henry_IV_of_France.jpg
アンリ4世(Henri IV)
■1553年12月13日~1610年5月14日
■ブルボン朝初代フランス国王(在位:1589年8月2日~1610年5月14日)

まさにこの頃、フェリペの圧政からの独立を目指していた国がありました。エリザベスは当然その国を支援することになります

それが・・・・ネーデルラント。つまりオランダなのです

オランダを通じて俯瞰(ふかん)してきたヨーロッパの歴史が、平面からだんだん立体的になっていくのが感じられます

どうしてイギリス人であるウィリアム・アダムスが、ポルトガルやスペインの船でなく、オランダの船に乗っていたか、こうして考えるとよく理解出来ます

さて、そのウィリアム・アダムスですが、彼はオランダ船「デ・リーフデ号」に乗って、南アメリカの下、あの険しいマゼラン海峡を渡り、太平洋を航行して日本まで辿りつきました。
この航海は過酷を極めました。もとは5隻からなる船団でやって来ていたのですが、途中で仲間の船がスペインやポルトガルに拿捕されたり、寄港した先々で赤痢や壊血病が蔓延したり、インディオの襲撃でも次々と船員を失っていきます。ウィリアムの弟:トマスもこの時インディオに殺害されてしまいました。

こうして、オランダのロッテルダムから出航時には110人だった乗組員が、過酷な航海を経て日本に到着した時には24人になっていました…。

しかし、そうまでして彼らオランダ人が日本に来なくてはならなかった事情というのは一体何だったんでしょうか?

実はボク、この展開を見越して、以前のブログで既に書いています。

長きにわたる伏線を経て、よーやくここに因果関係が明らかになり、その答え(?)が完結しようとしています( ;∀;)

みなさん、このシリーズ↓ を読んで、ぜひその答えを推理してみてください!
「ポルトガル人はなぜ日本に来たの?」に答えられますか? 1
「ポルトガル人はなぜ日本に来たの?」に答えられますか? 2
「ポルトガル人はなぜ日本に来たの?」に答えられますか? 3
「ポルトガル人はなぜ日本に来たの?」に答えられますか? 4
「ポルトガル人はなぜ日本に来たの?」に答えられますか? 5 最終回 ‐グローバリズムの落とし穴‐

次回も、お楽しみに~!

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<オランダ編>
出島表門橋開通記念! みんなで学ぼう、オランダ 1
出島表門橋開通記念! みんなで学ぼう、オランダ 2
出島表門橋開通記念! みんなで学ぼう、オランダ 3
出島表門橋開通記念! みんなで学ぼう、オランダ 4
出島表門橋開通記念! みんなで学ぼう、オランダ 5
出島表門橋開通記念! みんなで学ぼう、オランダ 5.5 ―科学と非科学の違いー
出島表門橋開通記念! みんなで学ぼう、オランダ 6
出島表門橋開通記念! みんなで学ぼう、オランダ 7
出島表門橋開通記念! みんなで学ぼう、オランダ 8
出島表門橋開通記念! みんなで学ぼう、オランダ 9 - アントウェルペン編(1) -
出島表門橋開通記念! みんなで学ぼう、オランダ 10 - オランダ独立(1) -
出島表門橋開通記念! みんなで学ぼう、オランダ 11 - オランダ独立(2) -
出島表門橋開通記念! みんなで学ぼう、オランダ 12 - オランダ独立(3) -
出島表門橋開通記念! みんなで学ぼう、オランダ 13 - オランダ独立(4) -
出島表門橋開通記念! みんなで学ぼう、オランダ 14 - 寄り道イギリス編(1) -


<宗教改革編>
「みんなで学ぼう、世界史としてのキリスト教 1 - 宗教改革(1) -」
「みんなで学ぼう、世界史としてのキリスト教 2 - 宗教改革(2) -」
「みんなで学ぼう、世界史としてのキリスト教 3 - 宗教改革(3) -」
「みんなで学ぼう、世界史としてのキリスト教 4 - 宗教改革(4)前編最終回 -」

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