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CROSSROADS×Nagasaki  -クロスロード×長崎-

異国文化が交差した長崎を科学と情熱で探究

シーボルト主要事項年表 <未完版>

※のちに随時書き加えていきますので、まだ完成版ではありません。
とりあえず、「江戸参府」終了まで。

1796年2月16日: 
フィリップ・フランツ・フォン・シーボルト誕生 ドイツ ヴュルツブルク

1809年: 
間宮林蔵が二度目の樺太探検にて、カラフトが島であることを確認し、「間宮海峡」発見する。

1815年: 
シーボルト、ヴュルツブルク大学に入学。医学・科学・植物学・地理学・民族学を学ぶ。

1822年: 
オランダ外科軍医少佐に任命され、ロッテルダムからジャワへと向かう。

1823年: 
・オランダ領東インド・バタヴィアに到着し、 長崎の出島商館医師に任命される。
・バイテンゾルフにある総督ファン・デン・カペルレンの山荘で3週間滞在する。
・伊王島北端で、日本人の役人と通詞が来船し、オランダ人でないことがバレそうになる。
・其扇(タキ)が出島に通うようになる。

1824年: 
・鳴滝塾を開く。
・総督ファン・デン・カペルレンへ、長崎へ画家と医師を派遣してくれるよう依頼する。

1825年: 
・「薬品応手録」を執筆する。
・鳴滝塾弟子筆頭の美馬順三が江戸参府を前にして死去。

1826年: 
・念願の「江戸参府」へ、商館長スチュルレルに随行し出発。(2月15日)
・この時、弟子:湊長安・高野長英は情報収集のため1か月前に長崎を発っていた。 
・弟子:二宮敬作に島原の雲仙岳の火山調査を命じる。のち小倉で合流する。
・川原慶賀に太宰府天満宮を描かせに遣る。
・川原慶賀を石炭の産地木屋瀬に派遣し、絵に描かせる。この絵が「コークス作りの図」でのち発見。      
・下関の阿弥陀寺(現赤間神宮)に参詣し、関門海峡をファン・デン・カペルレン海峡と勝手に名づける。
・下関で先発していた湊長英・高野長英らと情報交換。
・高野長英が連れてきた平戸の捕鯨業者からクジラ漁の話を聞く。
・姫路の名城:白鷺城の美しさに感動する。
・京都で天皇の存在に興味を持つ。
・草津近郊の大野でトキの剥製をゲットする。
・鈴鹿山のオオサンショウウオを二匹ゲットする。(うち1匹はオランダに到着して1mに成長し、その後50年生きる)
・矢矧橋を測量し、図面を作成。川原慶賀にこの様子を描かせる。
・川原慶賀に、江戸に近い川崎から品川に至る港図をご法度ながらも描かせる。

・江戸で、オランダでも著名な薩摩の島津重豪(しまづしげひで)と出会い感動する。
・当時の江戸は130万人でコンスタンティノープルをしのぐ、世界一の都市。
・江戸参府一向の定宿は「日本橋長崎屋」。
・江戸で最上徳内がやって来る。(たぶん間宮林蔵とも会う)
・最上徳内から蝦夷や樺太の地図や資料を借用する。
・天文方兼御書物奉行高橋作左衛門も面会に訪れ、紅葉山の文庫を見たいと依頼。
・土生玄碩ら眼科医が来て、瞳孔を開く実験を見せる。
・作左衛門にクルーゼンシュテルンの「世界周航記」などと引き換えに、禁制の「日本地図」をくれ、と告げる。
  (ミッテルビベラッハ城文庫、日誌に記載)
・択捉のラッコをゲットする。
・葛飾北斎にオランダ紙を渡し、絵画の依頼ををする。
・江戸城に登城し、目的のモノをゲットする。
・最も期待した長期滞在が出来なくなり、長崎へ向けて出発。
・最上徳内が、なぜかわざわざ小田原まで見送りに来る。  

・京都・大坂を経て、下関に至り海峡の記録をゲットする。
・商館長のスチュルレルとは犬猿の仲が激化する。
・143日に及ぶ長旅を終え、長崎に到着する。

テーマ:歴史大好き! - ジャンル:学問・文化・芸術

シーボルト先生 | コメント:0 |
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