CROSSROADS×Nagasaki  -クロスロード×長崎-

異国文化が交差した長崎を科学と情熱で探究

8:大野教会堂

ウチからバイクでおよそ45分、長崎の海で最も美しい景色が見れる「外海(そとめ)」。
海の碧さも、サンセットの美しさも素晴らし過ぎます。

外海の夕日
右手にはかつて炭鉱の島で、2,001年11月29日に閉山した「池島」も見えます。

遠藤周作「沈黙」のトモギ村から少し離れた大野地区。
もう、何度ここを訪れたかわかりません。その景色だけでなくて、何かこう空気がDNAに作用する気がするんですよね・・・。

こんな奥深い所に、来年世界遺産となるかもしれない「大野教会堂」があります。長崎の教会も様々な姿をしていて、これまで訪れた教会は豪華さ、立派さ、綺麗さが先んじたインプレッションでしたが、外海にあるこの大野教会堂はこれらとは全く異なるものです。
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この教会は角力灘(すもうなだ)や東シナ海を望み、五島列島が遠望できる小高い丘に建っています。
あまりに鄙(ひな)びていて、お世辞にも物理的に豊かさを感じることのないこの教会が、どうして世界遺産の候補なんだろう?という疑問はありました。

この大野地区だけでなく、外海には黒崎や出津(しつ)などがあって、そのほとんどが潜伏キリシタンの部落となっていました。出津教会にいらした、この辺りの「さるくガイド」の方とも詳しく話をしましたが、ここらは佐賀鍋島藩が統括していたのではなく、大村藩の領域だったというのです。だから、キリシタン大名ともなっていた大村藩だから、あまりに町の中心から離れたこの辺りの方がむしろ独自の信仰を守るのに都合が良かったということかもしれません。

そして、やはりこの外海を語る上で、日本のキリスト教の歴史上で、その「愛」という観点からすると最も偉大な人物がいらっしゃいます。それが、フランスからやって来た
マルク・マリー・ド・ロ(Marc Marie de Rotz)神父です。

Marc_Marie_De_Rotz.jpg
< DATA >
1840年3月26日~1914年11月7日
フランス:ノルマンディー地方ヴォスロール出身
長崎の大浦天主堂にて死没


さるくガイドのお話では、外海においてド・ロ神父はもう神様と同じく、誰もが最大級の尊敬をしている人物だそうです。

もちろん、ド・ロ神父については、筆者も尊敬しているので、このブログでも後に「長崎の偉人編」カテゴリーにて詳細に紹介するつもりです!

ド・ロ神父はこの外海の人達を物・心両面で救った、知れば知るほど本当に素晴らしい神父様だというのが分かります。彼は貴族であったために大変裕福な生活を送っていたのに、遠く離れた日本にやって来て、その財産を外海の人達を救済するのに投げ打って、貧困にあえぐこの村人たちを救うことに生涯をかけたのです。

そのド・ロ神父がフランスで学んだ多くの技術を駆使して、この大野地区の人達のために自費を惜しみなく投じて建造したのが、大野教会堂です。

ここは平屋建て、瓦葺きの教会で、一見するととても不思議な建物であることが分かります。北面と東西側面の外壁は「ド・ロ壁」と呼ばれ、玄武岩の切石を漆喰(しっくい)で固めた、外海の至る所でよく見られる壁の構造をしています。
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内部は板張りで、人が20人も入るといっぱいになるほどの広さで、中央にはイエス様を抱いたマリア様の像もありました。
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こんな狭いところでも、過酷な弾圧下で潜伏していた多くの信者さんたちが心を救われたんだなと想像すると、じわっと涙が出ました。

海を背にして、綺麗なお顔のマリア様も立っていらっしゃいます。
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鎌倉時代の説話集「宇治拾遺物語」の堀川兼通公太政大臣の章、こんな一説があります。

人の祈りは、僧の浄不浄にはよらぬ事なり。ただ心に入りたるが験(げん)あるものなり

「心」がそこに存在するかどうか。

洋の東西を問わず、これが普遍的な真理であるのではないか、そういうことを考える契機となる教会です。

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