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「ポルトガル人はなぜ日本に来たの?」に答えられますか? 2

奇しくも今日9月2日、続きを書こうとしていると次のニュースが入って来ました。

千々石ミゲルの木棺?発見 天正遣欧使節の1人 長崎の石碑周辺、木片や金具
9/2(土) 10:37配信
JapaneseEmbassy.jpg
画像右下の人物が千々石ミゲル
<DATA>
■1569(永禄十二)年~1633(寛永九)年12月14日
■千々石紀員、千々石清左衛門(通称)
■戒名:本住院常安(諸説有)
■霊名:ドン・ミゲル
■主君 有馬晴信→大村純忠→大村喜前

この中にある記事で、「天正遣欧使節は1582年、九州のキリシタン大名が欧州に派遣した少年4人。8年後に帰国したが、キリシタン弾圧の中で殉教など過酷な運命をたどった。ミゲルは4人の中で唯一、棄教した「異端者」と伝わる。

・・・とあります。これを読んで、みなさんはどう思われたでしょうか?ミゲルだけが棄教?他の3人は信仰を貫いたのに、なんて信念のない人間だ。このように思われた人も多いかと…。
これが今回のシリーズのまさしくテーマなのです。

端的に言えば、
当時ポルトガル人は日本人を大量に、それもとてつもない規模で奴隷にしていた(特に九州の人たち)、という事実に関わるニュースなのです。

以前のブログで、「鉄砲を伝えたのはポルトガル人ではない!?」 (リンク参照)というシリーズを書きました。今回のシリーズは、これに関連してはいるけど、視点を変えた場合にどのような客観的な事実の相違が生じるかというテーマでも行っています。だから、ここでは筆者の主観が混じらないよう、出来るだけ資料にある内容に基づいて述べますので、みなさんがこれまで自分が習ってきた歴史とは違うということも多々述べるはずです。今後のこのテーマの展開としては学問的に検証するものになることを理解していただき、どうかその内容には不快にならないでほしいと思っています。

では、シリーズ2話目に進んでいきましょう。


ポルトガル人がやって来た経緯は、鉄砲を伝えたのはポルトガル人ではない!? で詳細に推論を立てた通りだが、その真の動機ということにはあえて触れなかった。鉄砲という武器は意図的な商業活動の拡大を目指して持ち込まれたのではないか、これを中心に話を進めていった。しかし今回のシリーズでは、歴史教育として学校ではまともに教えられていない、日本人の奴隷化目的という闇の事実を検証していく。


次の資料原文をまず見ておこう。※古文なので読めない人は読み飛ばしてもらっても大丈夫です。

『天正十五年六月十八日付覚』原文

■伴天連門徒之儀ハ、其者之可為心次第事。
■国郡在所を御扶持に被遣候を、其知行中之寺庵百姓已下を心ざしも無之所、押而給人伴天連門徒可成由申、理不尽成候段曲事候事。
■其国郡知行之義、給人被下候事ハ当座之義ニ候、給人ハかはり候といへ共、百姓ハ不替ものニ候條、理不尽之義何かに付て於有之ハ、給人を曲事可被仰出候間、可成其意候事。
■弐百町ニ三千貫より上之者、伴天連ニ成候に於いてハ、奉得公儀御意次第ニ成可申候事。
■右の知行より下を取候者ハ、八宗九宗之義候條、其主一人宛ハ心次第可成事。
■伴天連門徒之儀ハ一向宗よりも外ニ申合候由、被聞召候、一向宗其国郡ニ寺内をして給人へ年貢を不成並加賀一国門徒ニ成候而国主之富樫を追出、一向衆之坊主もとへ令知行、其上越前迄取候而、天下之さはりニ成候儀、無其隠候事。
■本願寺門徒其坊主、天満ニ寺を立させ、雖免置候、寺内ニ如前々ニは不被仰付事。
■国郡又ハ在所を持候大名、其家中之者共を伴天連門徒押付成候事ハ、本願寺門徒之寺内を立て候よりも不可然義候間、天下之さわり可成候條、其分別無之者ハ可被加御成敗候事、
■伴天連門徒心ざし次第ニ下々成候義ハ、八宗九宗之儀候間不苦事。
■大唐、南蛮、高麗江日本仁を売遣侯事曲事、付、日本ニおゐて人の売買停止の事。
■牛馬ヲ売買、ころし食事、是又可為曲事事。

右條々堅被停止畢、若違犯之族有之は忽可被処厳科者也、

天正十五年六月十八日     朱印
— 天正十五年六月十八日付覚



■日本ハ神國たる處、きりしたん國より邪法を授候儀、太以不可然候事。
■其國郡之者を近附、門徒になし、神社佛閣を打破らせ、前代未聞候。國郡在所知行等給人に被下候儀者、當座之事候。天下よりの御法度を相守諸事可得其意處、下々として猥義曲事事。
■伴天連其智恵之法を以、心さし次第二檀那を持候と被思召候ヘバ、如右日域之佛法を相破事前事候條、伴天連儀日本之地ニハおかせられ間敷候間、今日より廿日之間二用意仕可歸國候。其中に下々伴天連儀に不謂族申懸もの在之ハ、曲事たるへき事。
■黑船之儀ハ商買之事候間、各別に候之條、年月を經諸事賣買いたすへき事。
■自今以後佛法のさまたけを不成輩ハ、商人之儀ハ不及申、いつれにてもきりしたん國より往還くるしからす候條、可成其意事。

已上
天正十五年六月十九日     朱印

— 吉利支丹伴天連追放令



これがいわゆる「バテレン追放令」である。バテレン追放令は、1587(天正十五)年7月24日に豊臣秀吉が筑前箱崎で発令した、キリスト教宣教と南蛮貿易に関する禁制文書である。この「バテレン」とは、ポルトガル語で「神父」の意味のパードレ:padreに由来している。遠藤周作の「沈黙」ではフェレイラの弟子:ロドリゴのことをこの「パードレ」と呼んでいた。

この追放令で重要な内容は後で述べるとして、豊臣秀吉によって出されたと言われるこの法令後、あのサン=フェリペ号事件が起こる。これは、1596(文禄五)年に土佐にスペインのガレオン船、サン=フェリペ号が漂着し、その乗組員の発言が大問題となった事件である。この事件によって豊臣秀吉は、唯一のキリスト教徒への直接的迫害である「日本二十六聖人」殉教のきっかけとなったとされているが、これは定かではない。

一応、この時の経緯を述べておこう。

1596年7月、フィリピンのマニラを出航したスペインのサン=フェリペ号はメキシコを目指して太平洋横断の途についた。ところが、サン=フェリペ号は東シナ海で複数の台風に襲われて甚大な被害を受けてしまう。船員たちはメインマストを切り倒したり、400個の積荷を放棄したりで、どうにか難局を乗り越えようとしたが、船の損傷があまりにひどく、船員たちも満身創痍であったため、日本に流れ着くことだけが唯一の希望であった。

1596(文禄五)年8月28日、サン=フェリペ号は土佐沖に漂着。この知らせを聞いた土佐の長宗我部元親(ちょうそかべもとちか)の指示で船は浦戸湾内へ強引に曳航(えいこう)されたが、船は湾内の砂州に座礁してしまう。この時に大量の船荷が流出し、船員たちは長浜に留め置かれることになった。協議の上、船の修繕許可と身柄の保全を求める使者に贈り物を持たせて秀吉の元に派遣し、船長のランデーチョは長浜に待機した。しかし使者は秀吉に会うことを許されず、代わりに奉行の増田長盛(ました ながもり)が浦戸に派遣されることになった。
当時、日本にいた宣教師ルイス・フロイスもこの事件の顛末を「フロイス日本史」で述べているが、そこでは「漂着した船舶は、その土地の領主の所有に帰するという古来の習慣が日本にあったため」積荷が没収されたと述べている。

ルイス・フロイス「日本史」目次
<ルイス・フロイス「日本史」目次>

この荷物没収に抵抗しようとした船員たちに対し、増田が世界地図に示された欧州、南北アメリカ、フィリピンに跨るスペインの領土について「何故スペインがかくも広大な領土を持つにいたったか」と問うたところ、サン・フェリペ号の水先案内人が「スペイン国王は宣教師を世界中に派遣し、布教とともに征服を事業としている。それはまず、その土地の民を教化し、而して後その信徒を内応せしめ、兵力をもってこれを併呑するにあり」という意味のことを告げたとされている。
ただ、この逸話は徳富蘇峰(とくとみそほう)が大正から戦前の昭和年間に記した「近世日本国民史」が初出なので、真偽は不明である。

いずれにしても、ここで注目すべきはバテレン追放令にある、「大唐、南蛮、高麗江日本仁を売遣侯事曲事、付、日本ニおゐて人の売買停止の事」。

ここなのだ。

これを現代語に訳すと次のようになる。

明、南蛮、朝鮮半島の高麗付近に日本人を売ることは処罰されるべきことである。そこで、日本では人の売買を禁止する。


奴隷を歴史上全く持ったことのない日本人が、その当時どれほどの恐怖を感じたか・・・
実は上記のアジア近辺だけでなく、資料では世界中に売られていったことがわかっています。
バテレン追放令、26聖人の殉教など、一連のキリスト教迫害の背後にはポルトガル人やスペイン人による暗部の歴史が語られていないのです。
冒頭の千々石ミゲルは、遣欧使節によって見聞した、こうしたキリスト教国の「奴隷制度」と、日本でのすさまじい蛮行への嫌悪感によって棄教したのです。

次回は、彼らが16世紀のアメリカ大陸では更にどのような展開をしたのかを、世界史的な事実を交えながら書こうと思います。


「ポルトガル人はなぜ日本に来たの?」に答えられますか? 1

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