CROSSROADS×Nagasaki  -クロスロード×長崎-

異国文化が交差した長崎を科学と情熱で探究

出島表門橋開通記念! みんなで学ぼう、オランダ 13 - オランダ独立(4) -

いよいよ苛烈すぎる「三十年戦争」の幕開けです。

The_Hanging_by_Jacques_Callot.jpg
また間違えて変な画像を入れてしまいました。忘れて下さい。


と、その前に。阿蘭陀のお隣、おふらんすの事情を少し書いておきましょう

さて、カルヴァンはスイスのジュネーブで宗教改革を行った人間なのですが、スイス人ではなくフランス人です
John_Calvin_by_Holbein.png
ジャン・カルヴァン、ポーズをとるの図

この時代、既にフランスでもルター派のプロテスタントが広がっていました。で、フランス王は教会とか~な~り~仲が悪いのです。
お前ら坊主どもの使うラテン語は分かりにくい。教会ではフランス語でやれ」という命令をシカトし続けたのがカトリック教会だからでした。自分たちにしか使えない文字を持つ、というのは特権であることも以前書きました。(※「出島表門橋開通記念! みんなで学ぼう、オランダ 8 - 聖書と活版印刷の相関 -」 参照)
つまり、国が従来のカトリックである以上、国民にとっては王様の言う事より教会の言う事の方が権威なのです。

こうした事情もあり、フランス王にとって何かとムカつく存在がこのカトリック教会だったので、フランスにプロテスタントが広がって来ても、王様は「カトリック、ざまぁ~(*` 艸 ´)」ということでプロテスタントを甘く見ていました

ところが、パリで1534年10月18日、檄文(げきぶん)事件というのがおきます。これは、プロテスタントでツヴィングリ派の過激な連中が教皇やカトリック行事をディスりまくる檄文を飛ばし、それを至る所に貼りまくった事件です。しかも、アンボワーズの宮殿内にある国王フランソワ1世の寝室の扉までやって来て貼ってます。
これで、「ツヴィングリ派の過激なやつら、既に王宮内にもいやがるのか(-_-;)ぶっ潰す」となって、フランソワ1世は激怒し、脅威となるプロテスタントの連中を追放します

この命令でフランスから脱出した中に、別に直接関与はしてなかったんですがカルヴァンもいました。フランスから逃れたカルヴァンは、1536年にスイスとフランス国境付近の、ドイツの町バーゼルで「キリスト教綱要」をラテン語で書きます。のちこれがフランス語訳されていきます。

キリスト教綱要表紙 1597
キリスト教綱要表ページ 1597年

…と、ここまでこのブログでは、カトリックばかりディスってきたように見えたかもしれませんが、ご安心ください。もちろん気のせいです。前に歴史の科学的な見方というのを書きましたので、詳細はそちらをご覧ください。
「出島表門橋開通記念! みんなで学ぼう、オランダ 5.5 ―科学と非科学の違いー」

実はカルヴァン派やツヴィングリ派も相当なものです

当時のカルヴァンはかなり禁欲的で過激な思想です。ただ、スイスではこの思想がウケたらしく、彼はジュネーブに招かれます。ちなみにスイスも神聖ローマ帝国ハプスブルク家に支配されている国です。なにせイタリアへの通り道ですから…(※「出島表門橋開通記念! みんなで学ぼう、オランダ 4」 参照)。

そして、ここスイスで、カルヴァンは例の「禁欲主義」で超過激な圧政をしきます
「禁欲、禁欲」って言われても、どんなものかよく分かりませんよね?

例えば、こんなです。

「あれ君、いま音楽聴いてた?なら死刑ね」という感じで、あらゆる娯楽は禁止です。コレ、文献に登場する本当の話です

禁欲過ぎるだろ!」と思うかもしれませんが、カルヴァンの「圧政は「疑わしきは罰せず」、というような甘っちょろいものではありません

「夜回り隊」という市民生活監視パトロール隊がガッツリ市民が禁欲的な生活をやっているかを見回っていて、彼らの目に留まった、不真面目な行為は御法度で処刑されます疑わしいやつは、死刑以外なら、「水攻めと鞭打ち、どっちにする?」という拷問の度合いを比較するといった類です
綱吉の「(みなさんが「超悪法」だと誤解しているかもしれない可能性がある)生類憐みの令」など、子供のままごとにしか見えません。これがジュネーブで行われたカルヴァンによる政治です。

なぜそうなるのか、我々日本人にはさっぱり理解できませんが…(多神教の神道&仏教徒が多いんで)。

その後、フランスでもルター派ではなく、カルヴァン派が広まっていきます。このカルヴァン派をフランスでは「ユグノー」と言いました。フランスでもなぜかウケたのでしょう。て、いうか、逆によほどこれまでのカトリック教会の強欲な縛りにうんざりしていたのかもしれません。

そうして、この「ユグノー」が、フランスに未曾有の混乱を巻き起こしていく一因ともなっていくのです

「なぜオランダとスペインが争っている中間に位置するカトリック教国、フランスがオランダを責めないのか?」

これが前回の疑問でした。と、前々回でしたね(=∀=)

フランスは神聖ローマ帝国を牛耳っているハプスブルク家と、コレマタ非常~に仲が悪いのです。ハプスブルク家と言えば、13世紀以来オーストリア・ドイツとスペインを牛耳っている一族です。フランスは、イタリアの支配を巡って、200年くらいこのハプスブルク家とケンカをやっています

そのハプスブルク家がスペインにいるし、けれどオランダとはもともと同じフランク王国だった仲だったし、毛織物産業なんかの物流もそこそこ進んで経済的にもつながりがあるしで、フランスがオランダを責める理由がありません

また、ルターが「95か条の論題」を発表した2年後の、1519年にはフランス国王なのに、フランソワ1世が教皇の支持を得て、何と(無謀にも)!神聖ローマ帝国の皇帝選挙に出馬します
しかし、あのカール5世(スペイン王カルロス1世)に滅多打ちに完敗します。
皇帝を選ぶのは有力諸侯であることを以前にも書きました。(※「出島表門橋開通記念! みんなで学ぼう、オランダ 4」 参照)  カール5世は、いわゆる新大陸からせしめてきた黄金を選帝侯らにバラまき、「選挙は私にヨロシク」と、入念な根回しをしていたので、フランソワ1世は1票も獲得できなかったのです。「こんな不正な選挙、認められるかー!」てことで、神聖ローマに戦争を仕掛けるのですがこれも完敗し、逆に捕虜となって賠償金を支払って土下座し、解放してもらうハメになってしまいました
ハイ、こちらです↓

フランソワ1世
フランソワ1世(仏:François Ier)
■1494年9月12日~1547年3月31日
■ヴァロワ朝第9代フランス王(在位:1515年~1547年)

また、フランソワ1世はカール5世に対抗するためになりふり構ってはいません。

ドイツ国内のプロテスタントを支援したり、イングランド王ヘンリ8世とつるんだり、果ては異教徒であるオスマン帝国のスレイマン1世と秘かに結託し、「第一次ウィーン包囲」をけしかけたり・・・・

「非常~に仲が悪い」、という意味が分かっていただけたでしょうか?ヨーロッパ中をかき回すくらいの規模です。いえ、アメリカ大陸でも、と言っていいでしょう。

余談ですが、このフランソワ1世は「アメリカ」の名前の由来となった、あのアメリゴ・ヴェスプッチに金を出して、その航海を援助しました。(※「ポルトガル人はなぜ日本に来たの?」に答えられますか? 5 最終回 ‐グローバリズムの落とし穴‐」 参照)

もちろんこれも、中南米を押さえたカール5世に対抗して、彼らがまだ開拓していない北アメリカを領有しようという魂胆からです。更には、ジャック・カルティエをカナダ植民に送り出して、ヌーベル・フランスの基礎を築きます。これをフランス領カナダと言いますが、今の「ケベック州」の基礎を築いています。

「ヌーベル・フランスの父」といえば、フランス人サミュエル・ド・シャンプランですが、彼がケベックを整備したのはそのしばらく後の17世紀前半の話になります。今でもケベック州ではフランス語が話されているのは、その時代からの名残なのです。

カナダ

いずれ「フランス編」にてこの辺りの事情は書くことにしましょう。

でもそんな仲悪いのに、「ベルばら」でフランス王のルイ16世の嫁のマリー・アントワネットって、ハプスブルク家じゃなかったっけ?
ベルばら
敬愛する池田理代子先生画です。みなさん、ベルサイユのばら、読みましょう!

…ま、それはさておきΣ(゚□゚、

おフランスの事情も軽く書いたことだし、オランダへ目を移そうかと思いましたが、次の展開のためのもう一つ重要なプロテスタント国をすっかり忘れていました。それが、日本にもやって来たあのウィリアム・アダムスの国、イングランドです

イングランドにもカルヴァン派プロテスタントが広まるのですが、イングランドはカトリックを捨てた理由が、よそと違って、ある男による大変ふざけた理由なのです。それが今に続いてますが・・・。

その不埒な奴は、この男です↓
vader.jpg

間違えました、この男です↓
427px-Hans_Holbein,_the_Younger,_Around_1497-1543_-_Portrait_of_Henry_VIII_of_England_-_Google_Art_Project

次回、お楽しみに~!

dejima_agin_rogo-3.png

<オランダ編>
出島表門橋開通記念! みんなで学ぼう、オランダ 1
出島表門橋開通記念! みんなで学ぼう、オランダ 2
出島表門橋開通記念! みんなで学ぼう、オランダ 3
出島表門橋開通記念! みんなで学ぼう、オランダ 4
出島表門橋開通記念! みんなで学ぼう、オランダ 5
出島表門橋開通記念! みんなで学ぼう、オランダ 5.5 ―科学と非科学の違いー
出島表門橋開通記念! みんなで学ぼう、オランダ 6
出島表門橋開通記念! みんなで学ぼう、オランダ 7
出島表門橋開通記念! みんなで学ぼう、オランダ 8
出島表門橋開通記念! みんなで学ぼう、オランダ 9 - アントウェルペン編(1) -
出島表門橋開通記念! みんなで学ぼう、オランダ 10 - オランダ独立(1) -
出島表門橋開通記念! みんなで学ぼう、オランダ 11 - オランダ独立(2) -
出島表門橋開通記念! みんなで学ぼう、オランダ 12 - オランダ独立(3) -

<宗教改革編>
「みんなで学ぼう、世界史としてのキリスト教 1 - 宗教改革(1) -」
「みんなで学ぼう、世界史としてのキリスト教 2 - 宗教改革(2) -」
「みんなで学ぼう、世界史としてのキリスト教 3 - 宗教改革(3) -」
「みんなで学ぼう、世界史としてのキリスト教 4 - 宗教改革(4)前編最終回 -」

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